主任代行のために尊いお祈りを本当に有難うございました。長期休暇中も、主任は面接やら会議やらと、ちょくちょく呼び出されていたので、その分の代休を復帰日に継ぎ足した分、帰還が12月の終わりの週となりました。しかし、主任と、最近、主任室の補佐を重厚にして下さる兄弟と、両方の帰還を受けて、ほっと一息ついています。
今年はクリスマス前に日本からのクリスマスカードが何通も無事に届き、感謝でした。過去にはクリスマスや年末年始で扱う量も増えることから、2月くらいにやっと届くという事もあり、クリスマス前に届いたことに不思議な感動がありました。内容には祈って下さっていたこと、祈っていて下さることが書いてあり、ここ1、2か月の主任代行月を始め、あー、だから守られた、この程度で済んだんだ、と感謝申し上げました。
12月半ば、クリスマス前の一週間くらい前に、毎年病院としてのクリスマスの祝会と勤続感謝の時がもたれていました。新人をお迎えし、引退する方々を表彰し、かつ五年刻みで、その年に五、十、一五,二〇,二五,三〇,三五年目になる方々に賞状と記念品を贈ります。今年はISO認定の経過で構造や職種や職員の再評価が行われた関係もあるのでしょうが、経営陣の方に、色々な新しい役職の方々が加わりました。それらの方々が加わっての発案や企画もあってか、今年はかなり大胆な変化がありました。


ポインセチア
今年からはまだフル稼働ではないものの、更に数百のCTC(胸部心臓センター)職員が加わっていることもあり、新しい企画となりました。近くの高校の校庭を借りて、三階建ての建物サイズのテント(巨大ビニールハウスのようなもの)が敷設され、元の病院のスタッフと新しいCTCスタッフをまぜこぜにして、数百人ずつの2つに分け、2日間に渡って朝10時から夕方8時までのプログラムが2回行われました。
自分の年齢が25になった時「なんと四半世紀も生きてしまったのか」と驚きましたが、西暦2000年に派遣していただいて今年で25年目、なんとケニアで四半世紀もたってしまったことに驚いています。
クリスマスイブは勤務でしたので、日中宣教師家族と病棟を練り歩いてのキャロリングには参加できませんでしたが、夜のキャンドルサービスには滑り込めました。25日は祝日でお休みを頂けましたので、クリスマス礼拝に出席出来ました。前後に宣教師ご家族から家族のご馳走の時に招いていただき感謝でした。
写真は、テヌウェク構内で見られる、屋根より高くそびえたつポインセチアです。少なくとも我が家の前にあるのは、ある日本人ご夫妻からいただいた、日本でおなじみの鉢植えから始まったのですが、ほかも鉢植えから始まったのだろうかと思います。
祈祷課題
1. 主任代行の期間が守られた感謝
2.医療保険料未払いの解消など、病院の必要が満たされるために
3.病院の働きが福音のために用いられ、働き人(ルカ10:2)が起こされ用いられるように
