【長女の受洗】
1月最後の日曜日、礼拝後に洗礼式がありました。首都圏に引っ越してきて以来、通っているウェスレアン教会で、洗礼準備の整った方が10名ほどおられるとのことで、我が家の長女も加えて頂きました。洗礼式は準備が整えられた方の数が増えてくるまで待ってから持たれますから、一番長く待っていた方は1年ほどは待っておられたかもしれません。長女はきっと救われてから洗礼式までが最短だったと思います。
長女のリクエスト通り常喜が洗礼を授け、その前後のお祈りも日本語でしましたので、恭子と一緒に長女(と父)の撮影係をしてくれた妹弟にも伝わりました。5名の婦人の方々と、長女も含めた6人の子供たちの洗礼を、40人強の教会員で見まもり、お祝いしました。会場はプールのある教会員さんのお家で、持ち寄りのごはんや備え付けのカラオケセットも使って、楽しいお祝いになりました。ウェスレアン教会での洗礼式は浸礼が多く、しかも水の中で後ろに倒れるのではなく、膝を折って下にしゃがむスタイルが多いです。理由は「その方が怖くない」とのこと。なるほど。水が怖くない長女は問題なく、肩まで浸かる深さのところで待つ常喜と主牧先生のところまで、ひとりでプールに入って行けましたが、フィリピンにはプールの授業がないので、それすらも怖い方々も結構おられます。

「後ろに倒れなければ洗礼した感じがしない」とすら思っていたこともあった恭子ですが、毎回、肩まで浸かった場所から頭を全部沈ませるのが怖い方や、ペコっと顔だけ前に倒して顔だけ水に浸けて終わろうとする方に、主牧先生は意味を説明しながら、励ましながら、しっかり膝を折って沈むようにやり直しをされます。怖くない配慮はありつつも、それでも「沈む」怖さと、そこも頑張って沈んで、上がってくる皆さんを見て、いまでは勝手にメタファーを汲んで、感動して見ています(恐怖を感じてナンボという意味ではなく)。長女は洗礼を受ける先生も教会も、ロサリスにしようか、いま通っている教会にしようか迷っていました。彼女が迷うほど、これまでたくさんのみなさんの愛情があったのだと改めて感じて心から感謝しました。これからの成長のために、長女と私たちを覚えてお祈りください。
【祈祷課題】
1.8月の宣教訪問団の受け入れのためのパラワン視察と話し合いのために(恭子、3月)。
2.子どもたちの学校へ順応(学びと言葉)と救いために。
3.事故、事件、怪我、過ち、災害、病気、疫病から家族が守られますように。